脳における頭蓋内圧管理や脳灌流圧の維持と同じ発想です。
生理学的に考えれば
「高めに保つほど神経学的予後が良くなるのではないか」
と
誰もが納得しやすい考え方でもあります。
このテーマについてはとても自分の臨床疑問と近く、いつか研究してみたいと思っていたほどでした。UpToDateでも脊髄損傷では高MAP管理(その根拠は質のあまり高くなさそうな観察研究レベルだったと理解しています)が推奨されているという記載もある中で、このテーマはいろいろな施設でMAPの管理について議論がなされていたという背景が個人的にはありました。
まず脊髄損傷の基本について学びたい方のために…記事を書いています▼

論文紹介
2025年9月、JAMA Network Openに掲載されたRCTが、
「脊髄損傷で高めのMAP管理を続けることは本当に有効なのか」という
長年の臨床疑問に挑みました。
Sajdeyaらによる多施設RCTは、急性外傷性脊髄損傷の患者92例を対象に、
「平均動脈圧(MAP)85–90mmHg維持群(ABP群)」
と
「MAP65–70mmHg維持群(CBP群)」
に無作為化し、6か月後の神経学的回復を比較しました。
Abstract 日本語訳
重要性
脊髄損傷の神経学的蘇生において、早期の血圧管理は中心的である。
しかし血圧を上昇させる介入(augmented BP)の役割は不明である。目的
急性脊髄損傷後6か月の神経学的予後における、昇圧管理と従来管理の
有効性と安全性を比較すること。方法
米国13施設でのRCT。18歳以上の急性SCI患者を、7日間
MAP 85–90mmHg(ABP群)とMAP 65–70mmHg(CBP群)に無作為化。結果
92例が登録。6か月後の運動・感覚スコアに有意差は認めず。
ABP群は呼吸器合併症(肺炎・肺水腫)や人工呼吸期間延長、
SOFAスコア上昇を示した。結論
昇圧による神経回復の優位性を示さず、むしろ合併症を増加させる可能性がある。
今後は、どの患者群が昇圧の恩恵を受けうるか、また害のメカニズムを
明らかにする研究が必要である。
結果と解釈
研究の結果、6か月後の神経学的回復には両群で差がありませんでした。
一方でABP群は肺炎や肺水腫といった呼吸器合併症が多く、人工呼吸器からの離脱も遅れました。
さらにSOFAスコア(循環項目を除外しても)はABP群で高値を示しました。
つまり「過度な高血圧管理には合併症リスクが伴う」という現実が示されたのです。
臨床的含意
低血圧を避けることは揺るぎない原則です。
しかし「より高くする」ことによる利益は乏しく、むしろ呼吸や臓器へのコストが上回る可能性が強調されました。
これは日常のICU管理で、昇圧薬をさらに追加すべきか悩む場面に直結する知見です。
参考程度にご覧いただければ嬉しいです。
私の考えと臨床疑問
このテーマは自分の臨床疑問と非常に近く、いつか研究してみたいと考えていたほどでした。
UpToDateでも「高MAP維持」が推奨されていますが、その根拠は観察研究レベルにとどまり、
決して強固ではないことは以前から気になっていました。
今回のRCTの解釈においては、注意すべき点もあります。
実臨床でも経験しますが、実際には特に何も介入しなくてもMAPが75〜80mmHg程度に維持されており、CBP群「真の低血圧群」との比較にはなっていない可能性はあります(Limitationにも書いてありましたが)
自然にある程度の血圧になっていたため、差が出にくかった可能性があります。
著者らもLimitationとして指摘していましたが、この点は結論の解釈に影響します。
また、AIS改善に最も寄与する因子は「除圧のタイミング」だと私は考えています。
しかし本研究では外科的除圧の時期は統一されておらず、記載も限定的でした。
血圧管理と除圧タイミングの相互作用こそ、今後検討すべき大きな課題ナノではないかなと思っています。
現状のガイドラインの推奨を整理
今回のRCTは「低血圧は禁物。しかし高すぎるMAP目標は呼吸・臓器のコストを上回り得る」
という重要なメッセージを残しました。
一方で、CBP群が自然と高めに維持されていたことや、除圧の統一がなかったことから、
解釈には慎重さが求められます。
現状のガイドラインの推奨を確認すると、整形外傷診療において最も準拠する施設の多いAOのガイドライン2023年改訂では、
平均動脈圧(MAP)目標を 75–80〜90–95 mmHg、3〜7日間 とすることを「提案(suggested)」
となっており、以前UpToDateなどで掲載されていた、従来(85–90 mmHgを7日間維持)に比べ、下限が緩和されたようです。
臨床では患者群の特徴を踏まえ、MAP管理を柔軟に調整することが必要だと感じます。
この分野はまだ多くの課題を残しており、今後の研究でより精緻な戦略が提示されることを期待しています。
私自身もいつか、このテーマを深く掘り下げて研究してみたいと強く思いました。
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