
臨床や医学の勉強をしていて必ずぶつかる疑問の一つ、グリコペプチド系抗菌薬バンコマイシンの正しい投与量調整法をまとめました。
これは、まさに私が初期研修医時代に頭を抱えながら学んだテーマです。
2022年の国内ガイドライン改訂(1)で「トラフ値 10–20 µg/mL」から「AUC24/MIC 400〜600」へモニタリングの軸が移り、投与設計の考え方が大きく変わりました。
AUC と聞くと“計算が難しそう”と身構えがちですが、実は二点採血とベイズ推定ソフトだけで十分に対応できます。
本稿では「なぜ AUC なのか」「どう測るのか」から「透析・肥満患者のコツ」まで、私が研修医時代習ったトラフ値計算の世代の先生にもすっと腹落ちする形で解説します。
どうぞコーヒー片手にお付き合いください◎
まずは概念をざっくり押さえましょう👇
1.バンコマイシンと TDM の現在地
● グリコペプチド系グラム陽性菌用抗菌薬
● MRSA 治療の第一選択
● AUC24/MIC 400–600 を目標に TDM
● 投与速度を守り Vancomycin infusion reaction を回避
バンコマイシンはMRSA治療の第一選択として臨床でもよく使用されると思います。
MRSAによるカテーテル関連血流感染症(CRBSI)や術後創部感染、骨髄炎などに対して用いるケースが代表的でしょうか。その他MRSAはlate onset VAPの起因菌にもなることが多いため、肺炎の治療に用いられることもありますね。
また、Enterococcusのうちfeciumはβラクタム系の抗菌薬への感受性がないため、バンコマイシン投与が第一選択となります。
バンコマイシンは ICU でも一般病棟でも欠かせない薬です。
ただし四日以上継続投与する可能性がある時点で TDM を計画しなければならない点がガイドラインで強調されています(1)。
単回の術前予防投与など、短期投与であれば AUC も測りません。
この「どこまで測るか」を誤解しているケースが意外と多いので要注意です。
2.トラフから AUC へ――“ものさし”が変わった理由
かつては「トラフ値 15–20 µg/mL を守れば安全・有効」と教わりました。
しかし20年代に入り、薬効は AUC × MIC で最もよく相関し、トラフはあくまでその代替指標にすぎないことが数々の前向き研究で示されました(2)。
トラフ 15 µg/mL を維持しても AUC が 600 mg·h/L を超える症例では急性腎障害(AKI)が増える一方、AUC を 400〜600 に保てばトラフが 10 µg/mL 台でも治療成功率は下がらない。
そんなデータが積み重なり、2022年の国内改訂で AUC 指標が正式採用となりました(1)(3)。
3.AUC をどう測る?――二点採血 × ベイズ推定
「曲線下面積なんて計算できない」と尻込みする必要はありません。
ガイドラインは①投与終了 1〜2 時間後と ②次回投与直前の二点採血で足りると示しています。
濃度データをベイズ推定ソフト PAT に入力すれば 10 分ほどで AUC24 が算出されるので、400 未満なら増量、600 超なら減量または間隔延長というシンプルなアルゴリズムで投与設計を微調整できます(7)。
しかも定常状態到達前でもベイズ推定なら十分な精度で AUC を予測できるため、初回ローディング翌日に採血して即座に維持量を最適化する。
トラフ値のときとは異なる、そんなスピード感のある TDM が現実的になりました。
4.初期投与量とローディングの考え方
【Vancomycin infusion reactionに注意!】
バンコマイシンを急速投与すると、ヒスタミン遊離によって頚部、顔面、躯幹皮膚の血管拡張による発赤、掻痒と低血圧が惹起されることがあります。
これはVancomycin infusion reactionと呼ばれるバンコマイシン急速投与に伴う副作用のひとつです。
なお、以前呼ばれていたレッドマン症候群や、レッドネック症候群と呼ぶことは近年は避けられる傾向にあるので、知っておくとよいかと思います(Up To Date 参照)
Vancomycin infusion reactionを回避するために、1gでは点滴時間は1時間を超える必要があり、それ以上使用時には500 mgあたり30分以上を目安に投与時間を延長するようにしましょう。
また、日本の実臨床では
500 mg あたり 30 分以上
1 g なら 1 時間以上かけて点滴
2 g ローディングが必要な場合は 1.5 g と 0.5 g に分割して投与速度を守るように設定している施設もあるようです(6)。
腎機能が保たれている成人では15–20 mg/kg(実測体重)を 12 時間毎、1 日 4 g を上限に設計します。
敗血症や髄膜炎など早期に治療域へ到達させたい病態ではローディング 25–30 mg/kgを一度だけ投与し、その翌日に採血して維持量を決める方法が推奨されています(1)。
血液透析症例では、AUC 目標を保つために次回透析までの間隔に応じて 15〜35 mg/kg を追加投与し、透析翌日の濃度で再評価するのがスムーズです。
5.AUC 管理がもたらす臨床メリット
Lau らの前向き観察研究では、 AUC 管理群で AKI が有意に減少し(4)、メタ解析でも 30〜50 % の腎障害リスク低減 が報告されています(3)。
薬剤費はわずかに増えても、AKI に伴う入院延長や RRT 費用を考えれば総医療費はむしろ減少するという経済評価も示されています(5)。
AUC ベース TDM の実装には薬剤師との連携が欠かせません。
採血タイミング調整、電子カルテへの濃度入力、ベイズ推定結果の共有―こうしたチーム医療を通じて、“経験則”ではなく“データ”に基づく抗菌薬マネジメントが実現します。
AUC という新しいものさしは、すでに日常診療のスタンダードになりつつあるのです。
6.まとめ――次に処方するときのヒント
バンコマイシン治療は「MRSA だから開始し、トラフが 15 超えれば安心」という時代から、
「AUC24/MIC 400〜600 を狙い、二点採血とベイズ推定で腎毒性を抑えつつ治療成功率を高める」
時代へ進化しました。
✔ 初回ローディングで早期に治療域へ
✔ 二点採血で AUC を算出し即日フィードバック
✔ 400 未満なら増量、600 超なら減量――シンプルなルールで腎障害を回避
この記事が、次にバンコマイシンを処方する際の道標になれば幸いです。
疑問や経験談があれば、ぜひ SNS やコメント欄でシェアしてください。
一緒に学び、よりよい感染症治療を目指していきましょう。
引用文献
- 日本化学療法学会・日本 TDM 学会編. 抗菌薬 TDM ガイドライン 2022.
- Rybak MJ et al. Therapeutic Monitoring of Vancomycin – 2020 Update by ASHP/PIDS/SIDP/IDSA.
- Abdel-Maksoud M et al. AUC-Guided vs Trough-Guided Monitoring and AKI. Ther Drug Monit 2023.
- Lau C et al. Real-World Vancomycin AUC/MIC Attainment and Outcomes. J Antimicrob Chemother 2023.
- Huang Y et al. Economic Impact of AUC-Based Vancomycin TDM. J Clin Med 2023.
- 東京医科歯科大学附属病院薬剤部. バンコマイシン投与速度に関する注意喚起 2022.
- 日本化学療法学会. ベイズ推定 TDM 支援ソフト PAT 操作マニュアル 2022.
- Li X et al. Relationship between Vancomycin AUC and Nephrotoxicity. mSphere 2024.
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