ようこそ、横隔膜エコーの世界へ!
この記事を読んでくださっっているあなたは、ICUで人工呼吸器管理に携わる医師かもしれませんし、救急外来で呼吸苦の患者さんに日々向き合う看護師さんかもしれません。
あるいは、これから臨床実習に出る医学生や看護学生で、「横隔膜エコーって何?」と興味を持った方かもしれませんね。
どの立場であっても、呼吸管理の現場で「横隔膜がちゃんと動いているか」を評価することは、とても大切なスキルです。
でも、正直に言うと、私自身も最初は戸惑いました。
「横隔膜の厚さ、何ミリあれば正常なんだろう?」
「前の方は動いているけど、背側が動いていない気がする…これ、どう判断すればいいの?」
「人工呼吸器を外すタイミングを見極めるのに、本当に使えるのかな?」
この記事では、そんな私の経験と、最新のエビデンスを交えて、横隔膜エコーの基本から臨床判断への繋げ方まで、一緒に学んでいきたいと思います。
マシュマロから届いた、ある質問
先日、マシュマロにこんな質問が届きました。
📩 読者からの質問
「おはようございます。呼吸苦の横隔膜麻痺の評価の為、横隔膜エコーを撮れるように練習したいと思っています。救急の現場でというわけでは無いのですが…例えば、呼吸器の離脱時期などにも有用でしょうか?」
とても良い視点だなと思ったんです。
横隔膜エコーは、救急のド真ん中で毎回使う検査ではないかもしれません。でも、人工呼吸器管理や呼吸器離脱の文脈では、確実に力を発揮する評価なんです。
そしてこの質問に対して、臨床検査技師の井伊さんが詳しい情報を共有してくださいました。
井伊さんは、技師仲間から教わった資料をもとに、こんな基準を示してくれました。
📊 提示された基準値
- 横隔膜厚 >0.14cm(1.4mm)
- 吸気/呼気時の厚比 >1.2
これを正常と判定する、と。
でも、同時にこんな疑問も浮かんできました。
- 「前が良くても後ろが悪いことがあるって聞いたけど、どう評価すればいいの?」
- 「健康ボランティアのデータでは1.73mm(1.11-2.98mm)って聞いたけど、基準が違う?」
- 「呼吸器の離脱時期の評価に、本当に使えるの?」
そうなんです。
横隔膜エコーって、「やり方」は分かっても、「どう判断するか」が分かりにくいんですよね。
4つのCQに分解してみる
井伊さんの質問を整理してみると、大きく4つの臨床疑問(CQ)が含まれていることに気づきました。
📌 CQ1:横隔膜エコーで「正常/異常」を判断する基準は何か?
文献では、横隔膜厚 > 0.14 cm、吸気/呼気の厚比 > 1.2 を正常とする基準が示されています。一方で、健康ボランティアのデータでは、呼気終末横隔膜厚 1.73 mm(1.11–2.98 mm)とばらつきが大きい。
どのカットオフを、どの臨床場面で使うべきなのでしょうか?
📌 CQ2:前方は動いているが、背側が悪い場合はどう評価するのか?
横隔膜は一様に動くわけではありません。前方は良好だけど、背側は不十分ということもあり得ます。
評価は「最も悪い部分」を見るべきか、それとも代表値として平均的に見るのか?
📌 CQ3:横隔膜エコーは「呼吸器離脱の判断」に実際どこまで使えるのか?
技師さんの話では、離脱時期の評価やAPRVをかけすぎていないか、といった評価には実臨床ではあまり使っていないと聞きました。
横隔膜エコーは「研究的指標」なのか、「実用的なベッドサイドツール」なのか?
📌 CQ4:測定条件・モード(プローブ・部位)はどこまで統一すべきか?
リニアプローブで撮る人もいれば、コンベックスを使う人もいる。肋間、前胸部、側胸部など、測定部位もまちまちです。
「この条件で撮ればOK」という最低限の再現性ラインはどこなのでしょうか?
これらの疑問に、一つずつ答えていきたいと思います。
横隔膜エコー、何を測るの?
まず基本から整理しましょう。
横隔膜エコーで測定できるパラメータは、大きく分けて2つあります。
1️⃣ 横隔膜の動き(Excursion)
横隔膜が呼吸に伴ってどれだけ動くかを測定します。Mモードを使って、横隔膜の移動距離を測るんです。
✅ 正常値
- 安静呼吸時: 1.7-1.9 cm
- 深呼吸時: 4.1-4.4 cm
⚠️ 下限値
- 安静呼吸時: 0.5 cm
- 深呼吸時: 1.7-2.0 cm
2️⃣ 横隔膜の厚さと肥厚率(Thickness & Thickening Fraction)
横隔膜の厚さは、胸膜と腹膜の間の距離を測ります。健常成人では、呼気終末時に1.3-1.9 mm程度です。
そして、吸気時に横隔膜がどれだけ厚くなるかを「肥厚率(Thickening Fraction)」で評価します。
📐 肥厚率の計算式
肥厚率(%) = (吸気時の厚さ − 呼気時の厚さ)÷ 呼気時の厚さ × 100
正常値
- 安静呼吸時: 50-52%
- 深呼吸時: 107-111%
異常の目安
肥厚率 < 40% → 横隔膜機能障害を疑う
💡 三谷のアドバイス
「横隔膜の厚さだけじゃなくて、”どれだけ厚くなるか”を見るのが大事。筋肉が収縮すると厚くなるから、肥厚率が横隔膜の働きを反映してくれる。」
どこをどう測るのか?〜EXODUS Consensusが教えてくれたこと〜
横隔膜エコーの測定方法は、実は研究によってバラバラでした。
そこで2022年、Critical Care誌に画期的な論文が発表されました。それがEXODUS Consensus Statementです。
これは、世界中の専門家が集まって、「横隔膜エコーの測定方法を標準化しよう」と話し合った結果をまとめたものなんです。
ここで示された推奨方法を紹介しますね。
🔍 プローブの位置
- 中腋窩線またはやや腹側、第8〜11肋骨間に配置
- プローブは胸壁に垂直に当てる
- 横隔膜の3層(胸膜・腹膜・線維層)がすべて見えるようにする
📏 厚さの測定
- 胸膜と腹膜の間の距離を測る
- 呼気終末時と吸気終末時の両方で測定
- 肥厚率を計算する
📚 学習曲線
そして、これが大事なポイント。
⏰ 習得に必要な回数
臨床で横隔膜エコーを使いこなすには、最低40回の検査が必要だとされています。
つまり、1回2回やっただけでは、正確な評価は難しいかもしれません。でも、繰り返し練習すれば、確実に身につくスキルなんです。
人工呼吸器離脱の予測に、どこまで使えるのか?
さて、ここからが本題です。
横隔膜エコーは、人工呼吸器からの離脱(ウィーニング)の成功を予測するのに、本当に使えるのでしょうか?
この疑問に答えるために、2023年にCritical Care誌に発表されたメタ解析を見てみましょう。
Palkar et al.の研究では、2016年から2022年に発表された複数の研究を統合して、横隔膜エコーの診断精度を評価しています。
結果は、こうでした。
📊 診断精度(メタ解析の結果)
| パラメータ | 感度 | 特異度 | 診断オッズ比 |
|---|---|---|---|
| 横隔膜excursion(動き) | 0.80 | 0.80 | 17.1 |
| 横隔膜肥厚率 | 0.85 | 0.75 | 17.2 |
どちらも、ウィーニング成功の予測に「満足できる診断精度」を持っていることが分かりました。
つまり、横隔膜エコーは、研究的指標ではなく、実用的なベッドサイドツールとして使えるんです。
ただし、研究間で測定方法や基準にばらつきがあったことも指摘されています。だからこそ、先ほど紹介したEXODUS Consensusのような標準化の試みが大切なんですね。
🎯 カットオフ値はどれくらい?
Zambon et al.のシステマティックレビュー(Intensive Care Medicine, 2017)では、こんなカットオフ値が示されています。
✂️ ウィーニング成功の予測カットオフ値
- 横隔膜excursion: 10-14 mm以上
- 肥厚率: 30-36%以上
解釈
✅ これらの値以上なら → ウィーニング成功の可能性が高い
⚠️ これらの値未満なら → もう少し呼吸器を継続した方が良いかもしれない
💡 三谷のアドバイス
「カットオフ値はあくまで目安。患者さんの全身状態や、他の検査結果と組み合わせて、総合的に判断するのが大事。」
「前は動いているけど、背側が悪い」問題
井伊さんが指摘してくれた、とても大事なポイントがあります。
それは、横隔膜は一様に動くわけではないということ。
前方は良好に動いていても、背側が動いていない、ということが実際に起こり得るんです。
これは、横隔膜の神経支配や筋線維の分布が均一ではないことに関係しています。
じゃあ、どう評価すればいいのか?
残念ながら、これに対する明確なコンセンサスは、まだ確立されていません。
でも、いくつかのアプローチが提案されています。
🔄 推奨される評価アプローチ
1. 測定部位を複数にする
前方だけでなく、側方や背側(可能な範囲で)も観察し、複数の部位で評価する。
2. 「最も悪い部分」を基準にする
もし背側の動きが不十分なら、それを「横隔膜機能障害あり」と判断する。
なぜなら、背側の横隔膜は換気に大きく寄与するからです。
3. 臨床症状と組み合わせる
エコー所見だけでなく、患者さんの呼吸パターンや血液ガス、自覚症状を総合的に評価する。
横隔膜エコーは、あくまで「ツール」にすぎません。カルテの数字とだけにらめっこするのではなく、患者さんのそばで、丁寧に診察するのです。
「正常値」って、結局どれを使えばいいの?
CQ1に戻りましょう。
横隔膜厚 > 0.14 cm(1.4 mm)という基準と、健康ボランティアの1.73 mm(1.11-2.98 mm)という値、どちらが正しいのでしょうか?
実は、どちらも正しいんです。
なぜなら、使う目的が違うから。
📋 目的別の基準値の使い分け
| 基準値 | 目的 | 出典 |
|---|---|---|
| 横隔膜厚 > 1.4 mm | 神経障害の診断基準 | Neurology, 2014 |
| 横隔膜厚 1.73 mm(1.11-2.98 mm) | 健常成人の平均値と範囲 | 健康ボランティアデータ |
使い分けのポイント
- 「神経障害があるかどうか」を診断したい → 前者(1.4mm)を使う
- 「この患者さんの横隔膜の厚さは正常範囲内か」を知りたい → 後者(1.73mm)を参考にする
あと、大事なのは、厚さよりも肥厚率を見ることなんです。
厚さは個人差が大きいですが、肥厚率は「筋肉がちゃんと収縮しているか」を反映してくれます。だからこそ、臨床ではより有用なんですね。
リニアかコンベックスか、それが問題だ
CQ4、測定条件の話です。
井伊さんの画像はリニアプローブで撮られていました。一方で、文献によってはコンベックスを使っているものもあります。
どちらが正しいのでしょうか?
実は、どちらでも測定可能です。
ただし、それぞれに特徴があります。
🔧 プローブの特徴と使い分け
リニアプローブ
周波数: 7-12 MHz程度
メリット:
- ✅ 解像度が高い
- ✅ 横隔膜の3層構造がきれいに見える
- ✅ 厚さの測定に適している
デメリット:
- ⚠️ 深部の観察には不向き
コンベックスプローブ
周波数: 3-5 MHz程度
メリット:
- ✅ 深部まで観察できる
- ✅ Excursion(動き)の測定に適している
デメリット:
- ⚠️ 解像度はやや劣る
EXODUS Consensusでは、リニアプローブが推奨されています。なぜなら、厚さと肥厚率の測定には、高解像度が必要だからです。
でも、Excursionを主に見たいなら、コンベックスでも十分です。
まとめ〜横隔膜エコーをまずはやってみよう
横隔膜エコーは、万能な検査ではありません。
カットオフ値にも幅があるし、測定方法も完全に統一されているわけではない。
でも、だからこそ、私たちは学び続ける必要があるんだと思います。
✨ 横隔膜エコーのポイントまとめ
- 測定項目は2つ: Excursion(動き)と肥厚率
- 習得には40回の練習が必要
- ウィーニング予測に有用: 感度・特異度ともに0.75-0.85
- カットオフ値:
- Excursion: 10-14 mm以上
- 肥厚率: 30-36%以上
- 厚さより肥厚率を重視する
- リニアプローブが推奨(厚さ測定の場合)
- 複数部位の評価が望ましい
- 他の臨床情報と組み合わせる
参考文献
- Zambon M, Greco M, Bocchino S, et al. Assessment of diaphragmatic dysfunction in the critically ill patient with ultrasound: a systematic review. Intensive Care Med. 2017;43(1):29-38.
- Tuinman PR, Jonkman AH, Dres M, et al. EXpert consensus On Diaphragm UltraSonography in the critically ill (EXODUS): a Delphi consensus statement on the measurement of diaphragm ultrasound-derived parameters in a critical care setting. Crit Care. 2022;26(1):99.
- Palkar A, Narasimhan M, Greenberg H, et al. Effectiveness of diaphragmatic ultrasound as a predictor of successful weaning from mechanical ventilation: a systematic review and meta-analysis. Crit Care. 2023;27(1):174.





