「144mg/dL以下を目標にすると低血糖が増える」 何故低血糖になるのでしょうか?
先日、マシュマロにこんな質問が届きました。11月の敗血症セミナーを振り返っていただいているとのこと。こうやって復習してくださる方がいるのは、本当に嬉しいです。 今回は、この「なぜ?」に、エビデンスを交えながらお答えしていきます。
シンプルな答えと、複雑な背景
結論から言うと、「厳格に血糖を下げようとすればするほど、インスリンの投与量が増え、低血糖のリスクが高まる」というシンプルな理由なんです。
でも、ICU患者さん、特に敗血症の方では、それだけじゃない複雑な背景があります。
一緒に整理していきましょう。
なぜICU患者は低血糖になりやすいのか?
敗血症やICU患者さんでは、以下のような要因が重なって、血糖コントロールが難しくなります。
1️⃣ 血糖値が不安定になりやすい
- 敗血症では炎症性サイトカインの影響で、血糖値が大きく変動します
- 食事が不規則(絶食、経腸栄養の中断など)
- 腎機能障害があるとインスリンの代謝が遅れる
- 肝機能障害があると糖新生が低下する
2️⃣ 低血糖の症状に気づけない
- 鎮静・挿管されている患者さんは、低血糖の症状(冷汗、動悸、意識障害など)を訴えられません
- 気づかないうちに重症低血糖になってしまうリスクがあります
3️⃣ 「目標が厳しい=インスリンを多く使う」
- 血糖144mg/dL以下を目指すと、どうしてもインスリン投与量が増えます
- ちょっとした食事量の変化や病態の変化で、一気に低血糖に振れてしまう
この3つが重なるから、ICU患者さんの血糖管理は難しいんですね。
NICE-SUGAR試験が明らかにしたこと
この問題を明らかにした有名な研究が、NICE-SUGAR試験(NEJM 2009)です。
6,104人のICU患者を対象に、
| 群 | 血糖目標 |
|---|---|
| 厳格群 | 81〜108 mg/dL |
| 通常群 | 180 mg/dL 以下 |
で比較しました。
結果は衝撃的でした。
⚠️ 重症低血糖(≤40 mg/dL)の発生率
| 群 | 発生率 |
|---|---|
| 厳格群 | 6.8% |
| 通常群 | 0.5% |
→ 厳格群で約14倍も多い!
しかも、90日死亡率も厳格群の方が高かった(27.5% vs 24.9%)。
つまり、「血糖を厳しく下げようとすると、低血糖が増えて、かえって死亡率が上がる」という結果だったんです。
2021年のSSCGガイドラインでは?
この結果を含めた様々なエビデンスを受けて、Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2021 では、
✅ 敗血症患者の血糖目標
144〜180 mg/dL
と推奨されています。
「144mg/dL以下を目標にしない」のは、低血糖リスクを避けるため、ということですね。
まとめ:血糖目標と低血糖リスクの関係
| 目標 | 低血糖リスク | 推奨 |
|---|---|---|
| 80〜110 mg/dL | 非常に高い(約14倍) | ❌ 推奨されない |
| 110〜144 mg/dL | やや高い | △ 感染・AKI予防には良いかも |
| 144〜180 mg/dL | 低い | ✅ 現在の推奨 |
「低血糖が増える理由」は、
- 厳格な目標 → インスリン投与量↑ → 低血糖リスク↑
- 敗血症患者は血糖変動が大きく、コントロールが難しい
- 鎮静下では低血糖症状に気づけない
この3つが重なるから、なんですね。
大切なのは「144」という数字じゃない
最後にお伝えしたいのは、「144mg/dL」という数字を暗記することが大切なわけではない、ということです。
💡 本当に覚えてほしいこと
集中治療を要するような重症敗血症の患者さんでは、軽い高血糖はある程度許容していい。厳密な血糖コントロールを重視しすぎない。
というエビデンスに基づいた考え方なんです。
「血糖が高い=悪い」「下げなきゃ」と思いがちですが、ICU患者さんにおいては「下げすぎのリスク」の方がずっと怖い。
この視点を持っておくだけで、現場での判断が変わってくると思います。
参考文献
- NICE-SUGAR Study (NEJM 2009)
- Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2021 | SCCM
- The optimal glycemic target in critically ill patients: an updated network meta-analysis (2024)
- Blood glucose control in patients with severe sepsis and septic shock – PMC
どうですか?あなたの感想を聞かせてください。
とても貴重なご質問をありがとうございました! こういった「なぜ?」を大切にする姿勢、本当に素晴らしいと思います。セミナーの内容を振り返って、さらに深掘りしてくださる。その姿勢が、臨床力を高めていくんだと思います。また何かあれば、いつでも質問してくださいね◎
一緒に学んでいきましょう。





