マシュマロから届いた、大切な質問
先日、動画セミナーをご覧いただいた方から、こんな質問が届きました。
📩 読者からの質問
「今週も動画をありがとうございます。初歩的な所の質問ですが…
『妊婦さん・小児・高度肥満の患者さんは酸素の予備能が非常に少ない』これは何故なのでしょうか?」
とても重要な質問だと思ったんです。
気道管理のセミナーでよく出てくるこの話、「なぜそうなるのか?」を理解していないと、緊急時の対応に自信が持てないんですよね。
この記事では、妊婦さん・小児・高度肥満患者さんで、なぜ酸素の予備能が少ないのかを、生理学的な背景から丁寧に説明していきます。
「酸素の予備能」とは何か?
まず、「酸素の予備能」という言葉の意味を整理しましょう。
これは、呼吸が止まってから、低酸素血症に陥るまでの時間的猶予のことを指します。
もう少し専門的に言うと、機能的残気量(FRC)に蓄えられている酸素の量と、その酸素がどれだけ早く消費されるかで決まります。
💡 酸素予備能を決める2つの要素
- 機能的残気量(FRC):肺に蓄えられている酸素の「貯金」
- 酸素消費量:その「貯金」を使うスピード
つまり、FRCが小さい、または酸素消費量が多い患者さんは、呼吸が止まった瞬間から急速に低酸素血症に陥るわけです。
妊婦さんの場合〜お腹で肺が圧迫される〜
妊婦さん、特に妊娠後期の方は、大きくなった子宮が横隔膜を押し上げるため、肺が圧迫されます。
その結果、機能的残気量(FRC)が約20%減少することが知られています。
🫁 FRCが減る理由
横隔膜が押し上げられると、肺が十分に膨らめなくなります。特に仰臥位(仰向け)になると、その影響がさらに強くなるんです。
つまり、酸素の「貯金」が少ない状態になっているわけですね。
🔥 酸素消費量も増える
さらに、妊娠中は酸素消費量が約20-30%増加します。
なぜなら、胎児と胎盤にも酸素を供給する必要があるからです。母体の代謝も亢進しています。
📊 妊婦さんの数字
- FRC:約20%減少
- 酸素消費量:約20-30%増加
- 結果:呼吸停止から低酸素血症までの時間が、健常成人の半分以下に
つまり、妊婦さんは「貯金が少なく、使うスピードも速い」状態なんです。
だからこそ、気道確保に失敗すると、あっという間にSpO₂が下がってしまいます。
小児の場合〜体が小さく、代謝が活発〜
小児、特に乳幼児は、体が小さいため、当然ながら肺も小さいです。
そのため、機能的残気量(FRC)が絶対値として小さいんですね。
👶 FRCが小さい
成人のFRCは約2.5-3リットルですが、新生児では約100-150mL程度、1歳児でも約200-300mL程度です。
つまり、酸素の「貯金」が圧倒的に少ないわけです。
🔥 酸素消費量は体重あたり高い
そして、小児は代謝が非常に活発です。
体重あたりの酸素消費量は、成人の約2倍と言われています。
📊 小児の数字
- 成人の酸素消費量:約3-4 mL/kg/分
- 新生児・乳児の酸素消費量:約6-8 mL/kg/分
- 結果:呼吸停止から低酸素血症までの時間が、成人よりはるかに短い
さらに、小児は気道が細く、舌が相対的に大きいため、気道閉塞を起こしやすいという解剖学的特徴もあります。
つまり、「貯金が少なく、使うスピードが速く、気道も閉塞しやすい」という三重苦なんです。
高度肥満患者さんの場合〜脂肪組織が肺を圧迫〜
高度肥満の患者さんも、妊婦さんと似た理由で酸素予備能が低下します。
🫁 FRCが減る理由
腹部や胸壁の脂肪組織が、肺を外側から圧迫します。
特に仰臥位(仰向け)になると、腹部の重さで横隔膜が押し上げられ、FRCが著しく減少します。
BMI 40以上の患者さんでは、FRCが健常者の半分以下になることもあります。
酸素消費量も増える
肥満患者さんは、体重が重い分、酸素消費量も増加します。
心臓や呼吸筋が、より多くの仕事をしなければならないため、代謝が亢進しているんです。
📊 高度肥満患者さんの数字
- FRC:健常者の50-70%程度
- 酸素消費量:体重増加に比例して増加
- 結果:呼吸停止から低酸素血症までの時間が、健常成人より著しく短い
さらに、肥満患者さんはマスク換気も挿管も困難なことが多く、気道確保に時間がかかりやすいという問題もあります。
だから「気道の緊急性」が高い
ここまでの話をまとめると、こうなります。
⚠️ なぜ気道緊急なのか?
完全な気道閉塞が起きると、致死的になる
妊婦・小児・高度肥満患者さんは:
- 酸素の貯金(FRC)が少ない
- 酸素を使うスピード(消費量)が速い
- 気道確保が困難なことが多い
この3つが重なると、数十秒〜1分以内に重度の低酸素血症に陥る可能性があります。
健常成人なら、呼吸が止まっても3-5分程度の猶予がありますが、これらの患者さんではその時間が半分以下、場合によっては数十秒になることもあるんです。
臨床での対応〜事前の準備が命を救う〜
だからこそ、これらの患者さんの気道管理では、事前の準備と迅速な対応が極めて重要です。
✅ 臨床で意識すべきこと
1. 事前酸素化を十分に行う
挿管前に、できるだけ高濃度酸素を吸入させ、FRCを酸素で満たす(プレオキシゲネーション)。
2. 体位を工夫する
妊婦さんは左側臥位、肥満患者さんはランプポジション(頭側を挙上)で気道確保しやすくする。
3. バックアッププランを準備する
挿管困難に備えて、声門上器具やビデオ喉頭鏡、外科的気道確保の準備を必ずしておく。
4. 迅速に行動する
気道確保に手間取った場合、すぐにバックアッププランに切り替える判断が重要。
「この患者さんは酸素予備能が少ない」と事前に認識しておくだけで、準備の質が変わります。
まとめ
妊婦さん・小児・高度肥満患者さんで酸素予備能が少ない理由、理解できたでしょうか。
✨ この記事のポイント
- 酸素予備能 = FRC(貯金)÷ 酸素消費量(使うスピード)
- 妊婦さん:子宮が肺を圧迫 → FRC減少 + 酸素消費量増加
- 小児:体が小さい → FRC小さい + 代謝が活発
- 高度肥満患者さん:脂肪が肺を圧迫 → FRC減少 + 酸素消費量増加
- 完全な気道閉塞 = 致死的
- 事前の準備と迅速な対応が命を救う
この知識が、いざという時の自信につながれば嬉しいです。
参考文献
- Mushambi MC, Kinsella SM, Popat M, et al. Obstetric Anaesthetists’ Association and Difficult Airway Society guidelines for the management of difficult and failed tracheal intubation in obstetrics. Anaesthesia. 2015;70(11):1286-1306.
- Apfelbaum JL, Hagberg CA, Connis RT, et al. 2022 American Society of Anesthesiologists Practice Guidelines for Management of the Difficult Airway. Anesthesiology. 2022;136(1):31-81.
- Fiadjoe JE, Nishisaki A, Jagannathan N, et al. Airway management complications in children with difficult tracheal intubation from the Pediatric Difficult Intubation (PeDI) registry: a prospective cohort analysis. Lancet Respir Med. 2016;4(1):37-48.
- Shailaja S, Nichelle SM, Shetty AK, Hegde BR. Comparing ease of intubation in obese and lean patients using intubation difficulty scale. J Clin Diagn Res. 2014;8(7):GC01-3.





