学習

感染性心内膜炎の身体所見を深堀りしよう【日々の疑問はCQに分けて考える】

臨床疑問を分解すると、深堀りしやすくなる

「感染性心内膜炎の症状の中に、押すと痛いオスラー結節、全然痛くないJaneway病変など赤い皮疹がありますが、小さな動脈に血栓が詰まって起こると聞いたことがあるような気がするのですが…静脈血栓はまた別でしょうか?」— 臨床検査技師 Rさん

  今回のQラボでは、 臨床検査技師 Rさんさんが共有してくださった教育的な症例から、感染性心内膜炎の皮膚所見について深掘りしました。

一つの質問の中に、実は三つのCQ(クリニカルクエッション:臨床疑問)が隠れていたのです。  

このディスカッションを通じて、臨床疑問をどう整理するか、そしてそれがどれほど理解を深めるかを、一緒に学んでいきましょう。

一つの質問の中に潜んでいた三つのCQ

 臨床検査技師 Rさんが共有してくださったのは、こんな症例でした。

「以前、脳動脈瘤破裂で運ばれた方がいらっしゃいまして、実は長期間熱が持続していて、入院後の心エコーでVegetationが有り、感染性心内膜炎だったということがあります。実はこの方、数日前に手の腫瘤で内科受診(熱の持続も伝えていた)、表在エコーで静脈に血栓疑いとの結果でした」— 臨床検査技師 Rさん

Vegetation(べジテーション)というのは、感染性心内膜炎で心臓の弁に付着する、細菌の塊のことです。心エコーで観察することができます。

感染性心内膜炎は、心臓の内側の膜(心内膜)や弁に細菌が感染する病気です。

発熱が続き、さまざまな症状が出ますが、診断が難しいこともあります。

臨床検査技師 Rさんの質問は、オスラー結節やJaneway病変といった皮膚所見と、この症例で見られた静脈血栓との関係についてでした。

この質問に対して、私はこう返しました。

「せっかくなのでみんなで深掘したり、勉強したいですね。井伊さんのご質問にはいくつかのCQ(クリニカルクエッション:臨床疑問)が混ざっていると感じました」— 三谷

そして、質問を三つのCQに分解しました。

 

CQ1:感染性心内膜炎に末梢皮膚病変(オスラー結節・Janeway病変)が出現する機序は?

CQ2:オスラー結節やJaneway病変に関与する「血栓」は動脈性か静脈性か?

CQ3:脳動脈瘤破裂の病態に感染性心内膜炎が関与するのか?

臨床検査技師 Rさんからも、こんな返事をいただきました。

「質問を綺麗にまとめることができなかったのですが、まさにこのCQ通りです」— 臨床検査技師 Rさん

臨床現場では、一つの疑問の中に複数の問題が混ざっていることは、むしろ普通です。 大事なのは、「解像度の高い問い」に分割すること。 これができるだけで、理解スピードと正確性は桁違いに上がります。

CQ1:オスラー結節とJaneway病変は、なぜ生じるのか?

CQ1から、素晴らしい議論が生まれました。

まずは、腎臓・内分泌内科医のT先生(卒後12年目)からの解説です。

「それぞれ機序が異なるとされていたと思います。オスラー結節は免疫原性(感染に伴う強い炎症が原因で起きる現象、サイトカインなどの化学性物質の影響もあり、痛い)。Janeway病変は細菌塞栓に伴う微小塞栓(痛くない)」— 腎臓・内分泌内科医のT先生(卒後12年目)

 

オスラー結節とJaneway病変は、どちらも感染性心内膜炎の皮膚所見ですが、発生する機序が全く違うんです。

オスラー結節は、免疫原性、つまり免疫反応によって起こります。感染に伴う強い炎症が原因で、サイトカイン(細胞同士が情報をやり取りする物質)などの影響で、小血管に炎症が起こります。だから、押すと痛いんです。

一方、Janeway病変は、細菌塞栓、つまり細菌を含んだ小さな血栓が血管に詰まることで起こります。こちらは痛みがありません。

医師7年目救急医のM先生も、同じような認識を共有してくれました。

 

「Janeway病変は微小な塞栓で菌体とともに血栓が形成される血管現象。Osler結節は免疫複合体の沈着で小血管の血管炎、炎症が関わり痛みが多いと認識しておりました」— 前野先生

 

免疫複合体というのは、抗原(細菌などの異物)と抗体(免疫が作る防御物質)が結合したものです。これが血管に沈着することで、血管炎(血管の炎症)が起こります。

M先生は、さらに興味深いポイントも指摘してくれました。

「これらの症状はよくテストに出て名前は覚えていますが、実臨床ではあまり見ないですよね。文献の表にもあるとおり3〜5%ほどでまれのようです」— 前野先生

オスラー結節やJaneway病変は、感染性心内膜炎の典型的な所見として教科書には必ず載っていますが、実際の臨床ではそれほど頻繁に見られるわけではないんです。

出現率は3〜5%程度とされています。

だからこそ、見たときには「これは!」と気づける知識が大切です。

CQ2:では、動脈か? 静脈か?

井伊さんの疑問の核心は、ここにありました。

「静脈血栓と言われた腫瘤は、オスラーやJanewayのような病変と同じなのか?」

議論を踏まえると、結論は明確です。

オスラー結節→動脈の小血管炎(免疫)

Janeway病変→動脈側の微小塞栓(菌塞栓) 静脈血栓は完全に別物

 

感染性心内膜炎の末梢病変は、「動脈系」で起こる現象です。心臓の弁にできたVegetation(細菌の塊)が剥がれて、動脈を通って全身に飛んでいきます。

そして、小さな動脈に詰まったり、免疫反応を引き起こしたりします。

 

一方で、静脈血栓は「静脈系」での血流うっ滞(血液の流れが悪くなること)や炎症によるものです。

つまり、症例の「腫瘤=静脈血栓」という説明は、感染性心内膜炎の典型病態とは整合しない可能性が高いんです。 むしろ、誤認されていたか、末梢の炎症性変化を静脈血栓っぽく見誤られた可能性が示唆されます。

CQ3:脳動脈瘤破裂と感染性心内膜炎の関係

臨床検査技師 Rさんの症例では、脳動脈瘤破裂で運ばれた患者さんが、実は感染性心内膜炎だったということでした。

感染性心内膜炎では、Vegetationから細菌の塊が飛んで、脳の血管に詰まることがあります(敗血症性塞栓)。これが脳梗塞や脳膿瘍を引き起こすことは知られています。

また、感染性動脈瘤(mycotic aneurysm)といって、細菌感染が原因で血管の壁が弱くなり、動脈瘤ができることもあります。

これが破裂すれば、脳出血やくも膜下出血を起こす可能性があります。

つまり、感染性心内膜炎と脳動脈瘤破裂は、関連し得るんです。

長期間の発熱があり、心エコーでVegetationが見つかった。そして脳動脈瘤破裂で運ばれた。

この一連の流れは、感染性心内膜炎による感染性動脈瘤の破裂を強く疑わせます。

CQ分解がもたらす学び

今回の議論は、Qラボとして非常に象徴的でした。

臨床検査技師 Rさんの臨床疑問から始まり、救急・集中治療医(私)によるCQ分解、腎臓・内分泌内科医(T先生)の病態整理、救急医(M先生)によるガイドラインアップデート。

まさに「リレー形式の学び」でした。

そして何より、「1つの問いの中に3つのCQが隠れていた」という事実が、最高の学びそのものでした。

臨床疑問は、まず分割すべし。そうすることで、一つ一つの問いに対して、明確な答えを見つけることができます。

今回のディスカッションから学べること

  • 臨床疑問はまず「分割」すべし。一つの質問に複数のCQが隠れていることは珍しくない
  • オスラーとJanewayは「違う機序」。免疫 vs 塞栓
  • 感染性心内膜炎の皮膚病変は動脈系。静脈血栓は別物
  • 感染性心内膜炎は脳動脈瘤破裂の原因になり得る(感染性動脈瘤)
  • 多専門の視点が揃うと、理解が一気に深まる。Qラボは「集合知で学ぶ場」

臨床疑問を整理することの大切さ

今回のディスカッションで印象的だったのは、臨床検査技師 Rさんの率直な言葉でした。

 

「質問を綺麗にまとめることができなかったのですが、まさにこのCQ通りです」— 臨床検査技師 Rさん

 

臨床疑問を綺麗にまとめるのは、実は簡単ではありません。

頭の中で漠然と「わからない」と感じていることを、言葉にして整理するのは、訓練が必要です。

でも、一度CQに分解してしまえば、それぞれの問いに対して、明確な答えを探すことができます。そして、その過程で、理解が深まります。

Qラボでは、こうやって疑問を共有し、一緒に整理し、一緒に学んでいきます。 一人で悩んでいたことが、仲間と話すことで、驚くほどクリアになることもあります。

あなたは、臨床でどんな疑問を抱えていますか? 漠然とした「わからない」でも構いません。Qラボで共有してみませんか。

きっと、誰かが一緒にCQに分解し、一緒に答えを探してくれます。

一緒に、学んでいきましょう▼